追悼★仏Courreges創業者アンドレ・クレージュ氏

【追悼】フランスファッションブランドCourregesの創業者アンドレ・クレージュ氏

ミニスカートの生みの親とも言われている
南フランス出身のデザイナー、アンドレ・クレージュ氏が現地時間1月9日に長年苦しんでいたパーキンソン病により亡くなりました。享年92歳でした。
Courreges
出典先:http://www.cafeglobe.com/2016/01/051920courrages.html

実家が地主で、土木建築を学んでいたが、のちに飛行学校に通いパイロットとして兵役にも従事していました。
そんな全くファッションに縁のなかったクレージュ氏。
どのように世界で愛されるブランドを育てたのでしょうか?

クレージュ氏のファッションデザイナーとしての歩み

異色の業界からファッション産業へ

第二次世界大戦が終わったあと、パリに行きファッションを学ぶことにしました。
きっかけは分かりませんが、かなりの方向転換です。

幼少から絵には興味を持っていたようです。また、近未来にも興味を持っていました。
また、パイロット時代から地元の仕立て屋のモデルをしていたこともあり、服飾に興味をもったと言われています。

1946年

パリ高等服飾産業学院に入学

1947年

ジャンヌ・ラフォーリのメゾンのデザイナーとして入り、デザインの基礎を学びました。

1951年

パリの有名デザイナー クリストバル・バレンシアガのアシスタントを11年勤めた。
ここで妻となるコクリーヌ・バリエールと出会う。

1961年
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出典先:http://ja.gofreedownload.net/free-vector/vector-logo/courreges-paris-41555/#.VrL8rsejmV4

自身のサロンを開設。もともと建築の学校を出ていただけあって、建築的な要素も入れた「白の幻想」をテーマにし、”クレージュの白”と言われ、一躍大ブームに。

故イブサンローランは、「シャネルの黒」に対して「クレージュの白」と、高くその才能を評していました。

明るく、機能的なデザインで一気に有名デザイナーの仲間入りをしたクレージュ。
最初のコレクションでこの活躍。建築的な要素と、自身の経歴も生かされているんですね。

また、最初のシーズンから数シーズンは長年勤めていたバレンシアガの影響を受け「未来派のバレンシアガ」と呼ばれていたようですが、徐々にソフトで軽快な独自路線へ転向して行きました。

1963~4年

「パンタロンルック」を発表。スポーティーなイブニングドレスを提案し、話題に。

1965年

「ミニ・ルック」を発表。誰もが膝小僧を出すのを敬遠していた時代に、革命を起こしました。この時発表したミニスカートは爆発的大人気に!
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出典先:http://www.asahi.com/and_w/fashion/photo/AS20160115000901.html

この他にも、今までにあまりなかったヒールの低いブーツなども発表。これも大人気でした。
ミニスカートではイギリスのマリークワントが発案とも言われているが、実はコレクションで初めて発表したのは、クレージュと言われています。

1967年

「ボディータイツ」を発表。ストレッチ性に優れていたこの製品は定番になったそうです。シースルードレス、宇宙服ルック。また柄ではチェックとストライプを大胆に使ったチュニック&パンツルックが大ヒット!

こんなにヒットを飛ばしたにもかかわらず、負の遺産もありました。粗悪なクレージュのコピー製品が出回り、これにがっかりしたクレージュは3シーズンもコレクションを休んだようです。

1971年以降

1971年に香水部門をスタート。
1972年にはミュンヘンオリンピックでフランスの選手の全ユニフォームをデザイン。
1973年に紳士服部門「クレージュ・オム」をスタート。

その後はオートクチュールからプレタポルテへシフト。
ファッション・モード以外にも建築や産業分野にも積極的に進出した。

1987年レジヨン・ドヌール勲章を受賞。 ここで、“クチュール界のル・コルビュジェ”と呼ばれました。
※ル・コルビュジェとは、モダニズムを代表する著名な建築家のことです。
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出典先:http://www.cafeglobe.com/2016/01/051920courrages.html
生まれ故郷のポー(フランス南西部)にあるクレージュのアトリエ© archives Courrèges です。
今も残っています。改築修繕はされていますが、とても古さを感じさせないデザインは流石です。
クレージュ氏にとっては、服も建築も表現する手段に過ぎなかったようです。

また、フランスの自動車メーカーMatraと協同で真っ白な電気自動車を製作。1974年にパリのサロン自動車見本市にて出展。本当に多彩な才能を持った方でした。

若者を意識したデザインを発表したクレージュ

今までオートクチュールは若い人をターゲットにしてこなかった。それをクレージュは変えた。
そのことについて、フランスの哲学者は、シャネルのスーツを着るシックな女性は「すでに生きた」。これに対し、クレージュのミニスカートを履いた女性は「これから生きる」と述べたと言われている。

前述のように、サンローランもシャネルとの対比としてクレージュを挙げているのが面白いですね。

晩年のクレージュと新しいクレージュ

晩年のクレージュ

ファッションの世界の時代の先端を常に捉えていたクレージュ氏。
90年代には引退し、絵画、彫刻など、むかし絵が好きだったように、アートの世界に没頭しました。
2011年にはクレージュも買収され、晩年は30年もパーキンソン病に苦しめられたと言われています。

ご冥福をお祈りします。
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出典先:http://www.asahi.com/and_w/fashion/photo/AS20160115000900.html

新生クレージュの2016年春夏コレクション

新しく就任したアーティスティック・ディレクターのアルノー・ヴァイヤン氏とセバスチャン・メイヤー氏による初のコレクションです。
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出典先:http://www.fashion-press.net/collections/gallery/19290/330971

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出典先:http://www.fashion-press.net/collections/gallery/19290/331023

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